vol45「洗堰レトロカフェ」こぼれ話〜自然と開発〜

あまいろだよりの取材時に語られ、紙面からはこぼれ落ちてしまった、でも実はとっ てもおもしろい話題。H Pにて随時ご紹介していきます。

瀬田川南郷・洗堰レトロカフェを主宰する佐々木和之さんと、学生ボランティアス タッフ久保田夏菜さん、山本未歩さんにお話を伺った、vol.45『洗堰レトロカフェ』 をめぐってこんなやり取りもありました。

中野:琵琶湖総合開発で作った湖岸道路、あれは堤防だという話がありましたけど、 佐々木さんはあれはぶっちゃけいいと思いますか?

佐々木:両面ですよ。開発というものは全て功罪あります。僕は琵琶湖総合開発を授業で取り上げてるんですけど、授業の半分は開発によって生き物がどれだけ生息でき なくなったかって話をしています。でも、その一方で開発の恩恵に預かって私たちは 生活を営んでるわけじゃないですか。勧善懲悪な世界では世の中成り立ってないの で。しかも、仮にぶっ壊しても元には戻らないので。気候変動もあるし、降雪量もこ の100年で随分減ってますから。

中野:『大地の再生』って活動をしている造園家の矢野智徳さんって方が、3.11の 震災後に現地に入っていかれた時に、津波で全部持っていかれたところも、人は大変だ復興だといって舗装し始めるんだけど、何にもしないで自然に任せておいたほうが 早く再生し始めるって言われるんですよ。それでいくと、湖岸道路だってもしかした ら無くしたら、自然環境や生態系という面ではちょっとは良くなるんじゃないかって 私は思うんだけど。

佐々木:何を持って良いと判断するかによります。

中野:生物がもっと増える、豊かな生態系が戻るという意味で。

佐々木:僕は、この類の話をするには、「自然」って言う日本語の定義をちゃんとしないといけないと思います。人が手を入れずにそのままにしておけば確かに生き物は 棲むと思うんですよ。外来生物であれ在来生物であれ。でも、自然=natureでは必ず しもないと私は思っていて、natureっていうのは手つかずの自然。でも日本は二次林だ らけでほとんど原生林ってないじゃないですか。我々がみている風景ってほとんど人 の手が入っている。でもそれを我々は自然と呼ぶんですよね。授業で学生に「あなたが『自然』と感じる風景」をテーマに絵を描いてもらうんです が、どういう絵を描くと思います?ある生徒は、田んぼを描くんですよ。

一同:へーーー。

久保田:私は森を描きました。実家の前が田んぼだったから、田んぼは人が管理して るってイメージがあるから自然っていうのに結びつかなかったのかなって。

佐々木:結構日本人の捉える自然って定義が広くって、人の手が入ってるところまで 含むんです。生活圏や人によって変わってくる。その自然観の中で自然に還るってな んだろうってとこなんですよ。ほっといたら還るってことは仰るとおりなんだけど、 「自然」って言葉をもうちょっと掘り下げないと、みんな同じ言葉を使いながらイ メージしている「自然」が人それぞれ違うんじゃないのってのが僕はあります。いわ ゆる原自然、nature感とは違うでしょ。

中野:そうそう。日本人のイメージする自然は綺麗に整ってるんだって。欧米人はぐ ちゃぐちゃのもとのままのところが自然。

佐々木:そもそもサンクチュアリって思想は海外のものじゃないですか。生き物のための場所を作ろうと思ったら、向こうは閉鎖して誰も入れないでしょ。このエリアは 生き物のエリアだ、私たちは関与しないって。そういう考え方は今では日本にもあり ますけど、自然に戻しましょうっていってみんな一生懸命手を入れるんですよ。

藤井:日本は国土が狭い中に人がたくさん住んでるから、生き物領域の自然と人間の 領域が近くならざるを得ない、そんな中で折り合うある種の知恵といった所も、時代 時代で形を変えながらあるのかもしれないね。

佐々木:各々がいろんな自然観を持ってることはいいんだけど、その場所において、じゃあこれからの未来にどういう「自然」を目指すのかってところは丁寧に話し合わないといけないと、私は思います。

びわ湖